縄文遺跡
町内にある神社、本殿は牛頭天王をお祀りしています。素戔嗚さまとも言います。子供の頃は遊び場でしたので、親しみのある神社です。秋にはお祭りもしましたし、お正月にも皆お参りします。皆さんの住んでいる地域に、氏神さまはいらっしゃいますか?いつもお守りしてくださってますよ!手を合わせに行ってみて下さい。
素戔嗚さまと言えば、以前お話しした木内鶴彦さんの本の中に、素戔嗚さまが出てきます。イラストまで描いていて、髪の毛をお団子に丸め麻で作った服を着て、循環型社会を目指していたリーダーだったと書いています。それが本当のお姿なのかは分かりませんが、勝手にイメージしてしまいます。そして、それが縄文時代と重なるのでしょうか?想像は膨らみます☺️
平和な時代が一番長く続いたのが縄文だったとよく聞きます。縄文人とは??古代の人とは??
飛騨や出雲、九州、神武東征、饒速日、奈良の地に住んでいると、周りにある様々な遺跡に興味がわくものです。古代の話を色々と見聞きするにつれて、日本人は何処から来たのだろうか、、、昔この三輪山の近くに住んでいた人たちは、何処からやって来たのだろうか?と考えるようになりまして。ふと感じるんです、冬の朝の7時過ぎ、出勤途中に大神神社の後ろ三輪山から太陽が☀️登って来ます。その朝陽を見て、手を合わせたくなります。太陽は偉大です🌞昔の人もそうだったのかな?と思い馳せます、、、、、そんな感じで、色んな事が繋がり、青森にある縄文遺跡で有名な、三内丸山遺跡に行きたくなって来て、2025年還暦の記念に行こう!と勝手に自分で決めまして(笑)行って来ました♪♪✈️
青森は初めてでは無くて、思い返すと3回ほど訪ねています。しかし3回とも電車を乗り継いで行ってますね、懐かしい🚃🚃
今回は飛行機で、伊丹空港から青森空港まで飛び、三内丸山遺跡に直行しました。当日の天気は曇りでしたが、飛行機からは八甲田連峰がはっきりと見えていました。

そして、三内丸山遺跡へ🚗
札幌から富良野へ
何年ぶりか思い出せないくらい、会っていなかったなぎさの友達、それぞれの環境も変化し昔のように会いたいと思ば会いに行くと言う事もなかなか出来なくなりました「また来るねー」と言って別れてから、何年も経っていましたね、、、、
札幌でなぎさの集まりがあると知ったのは6月頃でした。突然決まったようで、おーちゃんから連絡がありました。日程は10月頃、まだまだ先だから、予定分からないなぁーとは思っていましたが、心の中では行かなきゃ!と決めていたように思います。
何故なら、久しく母さんに挨拶をしていないなぁ😔っと思っていたからです。
そして、8月の終わり頃、再度出欠の確認がオーちゃんから入りました。その時は25名ほど集まっているとの事でした。ただ、文夫さんは来れるかどうか分からないとの事でした。
とりあえず、出席の返事をし、飛行機とホテルの予約を開始、交通機関の下調べなどをしていると、久しぶりに旅をする気分になって来ました。北海道には長くても3日ほどしか滞在出来ませんので、1日目は、富良野に行ってとんちゃん、ポッキーに会いに行こう!っと考えていました。いつ会ったのか思い出せないくらい、😢久しぶりだったからです。
そして、とんちゃんにお便りを出そうと思い買っていた奈良の鹿🦌の絵葉書に、「そちらに行くので会えませんか?」っと書いて、お便りしました。実は4月ごろから温めていた葉書です(笑)
さて、5年ぶりの北海道旅行です。飛行機とホテルを予約し交通機関の下調べ、どうやって富良野に行こうか、、、、
まず、札幌からバスか電車なんですが、バスだと3時間かかります富良野に着くのは夜の7時前、電車は乗れるか微妙、飛行機の到着時間とバスの時間を確認したり、またバス停が変わっていたり、切符はどこで買うのだろう、、乗り遅れるとかなり遅くなってしまうので、余裕持って行かないとなぁー
と色々と思い巡らせていたら、あっと言う間に出発日がやって来ました。
10月4日、電車を乗り継ぎ2時間かけ関西国際空港へ✈️長い道のりでした💦行きは格安航空を利用の為、バスにて第二ターミナルまで移動し自分でチェックイン、荷物も自分で機械操作し荷札を取付、荷物を預けて、時間が少しあったので休憩、第二ターミナルは国際線がある第一ターミナルより人も少なく、とても静かでした。
搭乗開始のアナウンスが始まったので検査口に向かいました。ゾロゾロと歩き始めた列に並び最後のチェック🛫🛫飛行機に乗り込む為の長い列がタラップに続いていました。

関西の天気は曇り☁️、北海道は雨予報でした。
つづく
介護サービス
ご無沙汰をしています。だいぶ慣れましたが高齢の親との関わり方に日々苦戦しております。
半年前に遡りますが「介護サービス」とはどう言うものなのかいよいよ切羽詰まって来て、市役所の窓口に相談する事にしたのが昨年です。
まず、市役所に申請書を提出したのが11月初めその後市役所から調査員の方が来られ、聞き取り調査、結果が出たのが12月末で「要支援2」という結果でした。まだ自分で歩けるので要介護にはならず、それでも要支援にしていただけました。
そのまま年が明け問い合わせもせず放置していましたが、いよいよ窓口に相談し、具体的な話を進めたのが2月になってからでした。
介護福祉士の方が来られてどんなプランにするか面談、福祉士の方が身体の状態を見て、どのような施設を利用したら良いのか提案してくれます。また、家の中に危険箇所が無いか確認し、手すりなどをつける提案もされます。手すりはあれば便利ですが、無くても良いと言えば良いかも??っと思ってしまう程です。手すりがある事で自分の足で歩き続ける事が出来るのであれば、良いかも知れません。しかし結構な金額で、特注扱いのようでした。負担は1割です。
話しはトントンと進み、数日後デイサービスに体験で行くことになりました。
通所サービスは半日で運動するコースを週に2回、そして心のケアや、市が行っている傾聴ボランティアなどを受けてはどうですか?と提案頂きました。色々あるのだなぁと感心した次第です。
他の人に入ってもらって、サポートしてもらう事も必要だなぁと感じました。
コロナ禍で家の中にこもるようになり、イベントは中止、出かける事も減り負の感情ばかりに支配されるようになって行った様に思います。元々そのような性格ですが、更に拍車をかけた感じです。コロナはまさに分かれ目でしたね。
頭の中は常に病気の事で(病気と言っても手術をするとか、入院するとかと言うものではありません)身体に出る何かしらの不調を病気にし、そこに執着し、そればかり考える。そんな状態がずっと続いています。
そんな時間を減らす事をすれば良い方向に行くのではと思いました。心と体は繋がっています体を動かす事で心もほぐれていきます。
「病は気から」と昔から言いますが、その言葉が本当に正解で、だいたいが偏った思考からさまざまな病気を作りだし、不安になっているようにしか見えません。
そして、老いて行くことは自然なことで、不幸でも何でもありません、不幸か幸せかは本人次第なのですが......
なかなかこれも切り替えが出来ないようです。老いは誰にでもやって来ます。
誰でもです、皆いつかは命つきます。
人それぞれ、自分の人生を全うするだけなのですよ。
そんな思いも、伝わらないからバトルが😡繰り返されます。それが今の現実です。悲しいかなぁ、、、、
諦めて😅切り替え大事です!
そんな毎日です🍀
振り返り
年末に書き記していたのですが、年が明けてしまいました、、、、😓
2023年振り返りと感じた事
2022年末、世間では、コロナ、コロナと大騒ぎをしている時期でしたね。病院も検査で長蛇の列でした。職場でも20人近く休んでいたでしょうか、、、、そんな時に私も風邪を引いてしまい、ダウン⤵️熱が出たので1日休んでいたら、マシになると思っていましたが、3日ほど体調が戻らず、その後は順調に回復しましたが、次に母の体調が悪くなり、病院に連れていくしかなく、すると必ずPCR検査を受ける事になります。(ちなみに私は、病院には行かず、PCR検査も受けていません)母の検査結果は「陽性」必然的に会社のルールで同居人は1週間休む事になり、私が回復しても、出勤出来ず結局2週間程休んでからの仕事始めとなりました。
妹や弟には、買い物をお願いしたり、保健所への手続きやらと、お正月気分は全くなく2023年を迎える事となりました。
この1年は体力的にも精神的にも、大変でした。年老いていく親は、不安でしか無い毎日の様で、老いて行く事を受け止められないのか??精神的なものなのか、いつも身体の何処かが不調のようです。
私自身考える事も多く、とてもストレスを抱える事になりました。
親子であっても、一人の人間です。それぞれの生き方と言うのがあると思いますね。老いは誰にでもやって来ます。その人のペースで生きていけば良いと思います。誰かと比べることもなく、、、、と私は思っていますが、母はそんな風には思えないので、なかなか難しいですね。

8月に岡山まで出掛けました。
日帰りで 前からよく見ていたYouTuberさんの講演会に参加してみました。しかし、帰省時期に動くのはやめておくべきでした。何処に行っても並ぶ事が多く、食事でも、買い物でも、駅でも人の多さに参りました。
その後ストレスがとうとうピークに達したので、1年ぶりにまた湯河原まで出かけました。まだまだ暑い9月の事です。


遠出をしたのは、この2回だけです。
2023年もあーっと言う間に1年が過ぎてしまいましたね。
そして2024年が明け、1週間程経ちましたが
年明け早々に、地震に事故にと悲しい出来事が続いてしまいました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します🙏
私たち日本人はどんな時も助け合って生きて来ました。その精神は不滅です‼️
そして、今生きている私達は、2024年も変わる事なく、毎日を生き抜くだけです。💪
何があろうとも
屋久島
米津さんの「地球儀」と言う歌をご存知ですか?この歌はとても❤️に沁みますね。じわじわと沁み渡る感じがします。
癒されているのが分かります。だから何度も聴いてしまうのです。今、この曲を聴きながら出勤するのが日課になっています。そんな人多いみたい😊
そして、何故か必ず空を見上げてしまいます。☁️☁️☁️😊💕
地上は何かしら、騒がしくなって来ていますね
この曲の歌詞は、大きなものに包まれているような優しさを感じます。
映画「君たちはどう生きるか」の主題歌として作られました。映画も観てきました。
MVは屋久島の映像で構成されていて、久しぶりの屋久島の風景に感激しました!
屋久島を訪れた人なら分かると思うのですがこの島は、命の源のような場所です。
森🌳の中に入ると、静寂の中に生命の息吹を感じます。私は今生きていると実感します!いや、生かされていると言った方が良いかも知れませんね。大きな物に包まれていると感じれるそんな場所です。
島のほとんどが森林で覆われています。雨がたくさん降るので、木の周りにはコケやシダが生い茂り、ジメジメしています。しかしその気候が命を繋いでいます。小さな芽が🌱あちらこちらに、、、全てが循環してるんですね。
森の中に🌳行けば、静けさのあまり、自分の呼吸を感じる事ができます。
だからなのか、この曲を聴くと、呼吸がとても深くなります。😮💨
2度屋久島を訪れています。
もう、かれこれ20年前です。
あの時感じた感覚が蘇って来ました。忘れていません🌳
何千年と時が流れても変わらない場所が屋久島にはあります。この歌も映画と共に受け継がれる曲ですね。
ご存じない方は一度聞いてみて下さい❣️
ミュージックビデオ貼っておきます☟
米津玄師 - 地球儀 Kenshi Yonezu - Spinning Globe - YouTube

全ての命には役割がある
木内鶴彦さんと言う方をご存知でしょうか?
プロフィールを見ますと彗星捜索家と書いてあります。実際に彗星を発見されていますね。その木内さんを紹介した動画を見まして興味が湧き、すぐさまこの本を取り寄せて読み始めました。
そして、一気に読み終えてしまいました。
木内さんは、臨死体験を3度も経験されています。肉体から抜け出し、意識体となり自分が見て来た記憶を書いておられます。歴史の事や、地球の成り立ちとか、宇宙の話とかそう言った内容です。木内さんの人生には、宇宙や星空がとても関係しています。本のタイトルのように「生き方は星空が教えてくれる」本の中に答えがいっぱい詰まっていました。
一番のポイントは、大きな視点で、宇宙の視点から、自分達を眺めてみる!です!
例えば月を眺めながら、あの月から、地球はどのように見えているのだらうか?と想像してみる!🤔
すると、次の瞬間眺めている月は、地球に変わっていませんか?
私が月を🌕見ているように、宇宙から地球を見ている異星人がいても、おかしくないですよね
地球儀🌏を思い浮かべ、自分が今いる場所、この地球と言う、大きな視点で物事を捉えると、考え方も変わって来ませんか?
地球を意識する第一歩になりませんか?
地球を愛すると言う事は、自分も愛すると言う事です。
皆さん、自分をいたわっていますか?
無理してませんか?
自分を見つめて下さい
自分の身体を信じて下さい
自分と向き合って下さい
子供の無邪気さ、忘れてませんか?
自分を大切にして下さい、そして人生を楽しんで下さい!!
色んなもの、背負っているものを捨てて、楽しんで下さい!
私達は、それぞれに素晴らしい才能を持っています。特別で無くても良いのです。
私の住んでいる場所は田舎なので家の周りには街灯も少なく比較的星⭐️をたくさん見ることが出来ます。毎晩、寝る前に夜空を見上げます。
金星⭐️を一番に見つける事が出来ます。
礼文島の夜空も綺麗でしたね、初めて肉眼で人工衛星を見たのも礼文の空でした。流れ星も何度も見ました。夜中に宿の前で波の音を聴いていると、癒されているのが分かりました。
この地球🌏は奇跡の積み重ねで誕生しています。私達も奇跡の上に生まれてきたのです。
そしてこの地球上に生きる全ての命には、役割があるのです。
草花、森、山、川、動物、人間も全ての命は繋がっています。何一つ欠けてはいけないのです。私達人間も地球の環境バランスを整えるために、この地球に生まれた生物です。
ただそれだけなのです。
この地球に生まれ、この地球で生きると言う事がどれ程素晴らしい事なのか、、、臨死体験をした木内さんは、その命でなければ出来ない役割があると知ったのです。
この3年間の間に気づいた事はありませんか?
私は、自分を内観するようになりました。自分はどう感じているのか?自分はどうしたいのか?自分の気持ちは?自分と向き合う事が多くなりました。
そしてもう一つは、大きな視点で物事を見てみると言う事、また違った答えが見えてきます。何を選択するのか?
全ては、自分の中に答えがあるのだと思います。
これからも、自分が幸せでいられる時間を大切にしたいです。
人生には何一つ無駄な事はありません
人生は学びなんですね💜
梅仕事
今年の6月は、いつもと違って、梅仕事で忙しくしていました。
毎年、梅干しの材料となる青梅はスーパーで買っているのですが、今年は畑にある梅の木に小梅がたくさん出来ていましたので、その梅で、梅干しや梅シロップを作ることにしました。
祖母👵が残してくれた梅の木です、長い間人任せにして、目にする事も無かったのですが、今年から、畑の管理をしなくてはならなくなり、何年振りかに様子を見に行きました。
久しぶりに畑に行くと、土地の広さに驚いてしまって、まずは、草むしりから少しずつ始めています。それでも、追いつかないですね。
そして、梅の木はその畑の隅の方に植っています。周りを見てみますと、病気になっている枝もありましたが、よ〜く見ると、たくさん実が付いているではないですか、、、驚きました。しかし、かなり地面にも落ちています、、、
この梅を、このままにする訳には行かない!!と責任感がフツフツとわいてきたのです(笑)


どうすれば良いのだろう??思案している間に、天候が悪くなり、雨も続いてしまい、結局どうする事も出来ず😭たくさんの梅の実が地面に落ちてしまいました。😭
来年は、この様な事にならないよう、対策考えます。
しかし、まだなんとか残っている実がありますので、それは手で一つ一つ摘み、バケツに入れて持ち帰りました。

梅干しと今回、梅シロップに挑戦してみました💪


小梅は、それ程手間もかからず、作ることが出来ます。梅酢もすぐに上がって赤紫蘇を入れて土用干しまで待機中です。梅シロップもアク抜きをしてヘタをとり、すぐつけこみました。
私が子供の頃から食べていた梅干し、祖母👵には本当に感謝しか無いです。
もう一つ、去年の秋に植えた玉ねぎも収穫が終わっています。植えるのが遅かったので、どうかな?っと思っていました。ほぼ放置状態でしたが気温が上がるに連れて、どんどん大きくなって行きました。ご覧のとおり色々な大きさの玉ねぎ🧅が収穫出来ました。

寒い冬を乗り越えて何とか、大きくなってくれてありがとう❗️収穫の喜びと言うものを初めて味わいました。
次に、玉ねぎの後地には、きゅうり🥒を植えるつもりです。梅雨に入る前に植えれば良かったのかも知れません、雨が続いているので、枯れないように観察していきたいと思います💪
日々YouTubeの動画を見たり、近くの畑を観察したりして、勉強してます。
大きく育って行く過程を私も楽しみながら、見守りたいと思います。

追記:その後、植えたきゅうりは今30cmくらいに伸び、こずるから小さなきゅうりが出て来ています。☝️

