なぎさのミーティング

忘れないで♪♪礼文島民宿なぎさの事

ホッケの醤油漬け

暑い、暑い、皆さん体調崩していませんか?

ホッケと言えば、礼文島、ホッケの開きを見れば礼文島、ホッケの醤油漬けと言えば民宿なぎさの朝食。

なぎさでいただいた魚たち、もう一度食べてみたいです。

 ホッケの醤油漬けは、浜風に、お日さまに干すことでみりん干しのようなプリプリの干ものになります。

母さんがよく大きな青い網に並べて干していました。

私はそれをカラスから守る役をしていました。カラスは賢いので、突かれることも良くありました。網が破られていてね、持って行かれたりもしました。

一度にたくさん魚が並べられる大きな網でしたから、食べられると、皆さんの朝食がなくなってしまいますしね。

 棒を持って、仁王立ちして見張ってもいいのですが、とにかくそんな時間はなぎさにはないですからね。

 

最近ホッケの醤油漬けが食べたいなっと思って、作り方を調べていたら、結構ありますね。醤油とみりんお酒があればできますね。今度作ってみます。出来上がったら写真に撮って載せますね。

 なぎさでの夕食メニューを、メモに取っていたことがあります。毎日違うメニューですが、繰り返しますから、準備する皿や、どんな食材を準備しなければいけないのか、まとめて分かりやすいように一覧表にしていました。

 久しぶりに掃除をしていたら、それが出て来て、昔書いてたメモが‥‥

これは貴重なので捨てないで置いておこうと思っています。

ガヤの唐揚げには、大根おろしが必要で毎回、一生懸命大根をすってすって、大きいボールいっぱい作るんです。

そこに一味を混ぜて、モミジおろしの完成。これは私の仕事でした。

 そんな事も、メモを見ながら思い出しました。なぎさメニューを再現して、ブログで公開‼︎

もなかなかいいアイディアですね。

気長に待っていて下さい。

頑張ってみます(^。^)

映画ポケモン

世間では、いえ世界中ではポケモンGOが何かと話題ですが

夏休みと言えば、毎年恒例のポケモン映画鑑賞

甥っ子との約束なんです。

小学校一年生から毎年ポケモン映画を見に行くのが誕生日プレゼントになっています。

もう、6回ポケモン映画を観たわけですね。という訳で、毎年見ていますが

今年は感動して(笑)
涙がでてしまいました。

命をかけて弱い者を助ける姿はいつの時代も、感動するものです。😢

 

 最初にポケモン映画を観たとき、ピカチュウはピカ、ピカ、ピカっとしか喋らない訳です(笑)その事に驚き😳

映画のメインポケモンはしゃべるんです。でも、その他のポケモンは、ピカチュウと一緒でウ~とか、ア~とか、カ~とか言ってる訳ですね。

まるで動物と一緒です。

名前なんか覚えられないくらい、すごい数のポケモンがいるんです。

ポケモン大図鑑参照

 

 お昼ご飯を食べながら、 映画の中での感動シーンで、私は泣いていましたが、甥っ子も感動してるかな?と思い、ふと横顔を見ると、目を押さえていたので

終わってから、
「感動したなぁ〜、泣いてなかった?」と尋ねると、あくびが出たから
と大人びた事を言うので、本当の所はわかりませんが、それ以上は聞きませんでした。
その後の会話の中で、映画「永遠の0」を観て、「結構泣いてしまって」っと話していたので、おそらく泣いていたと思います。

 

来年は中学生ですから、もう映画を見に行くのも最後かな?と思います。
まだなんとか相手にしてくれていますが
もう、友達の方が優先になってくるみたいです。

 

次は姪っ子とジャングルブックを観る約束をしています。こちらも迫力があって良さそうです。楽しみにしてるんですよ。

わが家は猫派

わが家は猫派です。と言っても子供の頃は犬派でしたが

かれこれ最初の野良猫が来たのが20年以上前、公園に捨てられていたトラ猫三匹を母が拾ってきてから

去年まで常にわが家には猫がおりました。

しかし、最後に飼ったオス猫は去勢手術もしなかったのでメス猫を求め

いつしかいなくなってしまいました。

それから、今現在ネコは飼っていません。

寂しいなと思う事はよくあります。なので母はこんなものを買ってしまいました。

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動きませんが(笑)

ヘルパー1年生の時、時々お菓子を妹に送ってもらっていたのですが、同封していた手紙に、当時飼っていたトラ猫(名前はぶぅちゃん)が亡くなったと書いてあって、

それも、母が仕事から帰るなり、顔を見た途端、ニャーと言って、そのまま倒れ天国に行ったと書いてあったのを読んで

ボロボロ泣いてた思い出があります。

玄関のソファで😢

左目は病気になり、無かったのですが片目でも頑張って生きていました。

 ペットは一度飼ったら、最後まで面倒を見てあげて下さいね。それだけはお願いしたいです。

  

母さんとの再会 つづき

2014年7月久しぶりの朝一番のフェリーで礼文島に渡りました

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2日間島で過ごし、その後バスで札幌まで、その日は

おーちゃん宅にお世話になる事にしていましたので、そのまま千歳に移動しました。

 

明日は文夫さん宅におじゃまするため、夕方電話を入れたのです。

私は何も知らずに、いつもと変わらず電話をかけました。

信じられない言葉が文夫さんから帰ってきました。

「ビックリするなよ」と言われ

「母さん、亡くなったんだ」っと告げられたました。

私は、気が動転して、頭の中が真っ白になり訳がわからなくて、ただただ

「嘘でしょ、嘘やー、嘘やー」とばかり叫んでいました。

1週間前に電話で文夫さんと話した時、文夫さんは、「母さんいるよ」と言いました。あの日は母さんが亡くなった日で、施設から自宅に母さんを連れて帰った直後だったそうです。

偶然に私が虫の知らせのように、電話をかけたようでした。

実際に、母さんはあの時、部屋に居たのです。眠ったままで

 

文夫さんは、こう言いました。

これから礼文島に行こうと思っている時に、母さんの事を知らせられなかったと

亡くなった事を伝えると、行けないだろうと

私は、島で母さんに出会っていたのかも知れません。なぎさの玄関前に座り、ヘルパーの頃を思い出していました。

母さんに、「ちんちゃーん」と呼ばれている気がして、近くにいる感じがして、母さんの魂は礼文島に帰っていたのかも知れないと思いました。

 

次の日、母さんに会いに行きました。

あまりその時の事は覚えていませんが、泣いてばかりで、「母さん、母さんー」と写真に向かって呼び続けていました。

 

こんなにも、悲しい再会になるとは思いもしませんでした。ただ礼文島に行かなくてはと思ったのも、

偶然ではなく必然だったのかも知れません。

母さんに呼ばれたのかも知れません。

後からそう思えてなりませんでした。

母さん、久しぶりに会えましたね。

今はゆっくりと休んで下さい。

母さん頑張りましたね。

お世話になりありがとうございました。

皆んな母さんの事忘れていませんよ。

今度、礼文島に行ったら、会いに行きます。

「おかえり」と言って下さいね。

 

母さんが亡くなって、2年目の夏を迎えます。

 

母さんとの再会

2014年は、前にも書きましたが私にとっては一つの区切りとなる年でした。

そして母さんが天国にいった年でもありました。

もうすぐ母さんの命日がやって来ます。

2014年7月、あの時の事をお話したいと思います。

 

2013年の秋から始まり、年が明けてからもなぎさの友達との再会が不思議と続いていました。

春には東京まででかけ、20年前の事を懐かしく語り合って、とても幸せな時間を過ごしました。

ぼんやりとですが今年は礼文島に行こうと思っていました。

 

7月に休暇願いを出し、切符もとり、宿の手配(旅館うきしま)もし、後は文夫さんに連絡するだけになっていましたが、これがなかなか出来ないもので(笑)

何年ぶりに話すのか、憶えてないくらいでした。照れもあり、でももう日が迫ってるし早く連絡しなきゃ

と思い7月1日だったと思います。仕事帰りに文夫さんに連絡を入れました。

 

「ご無沙汰しています」から始まり礼文島に週末渡り、その後札幌に寄る事を伝えました。

最後に「母さん元気ですか?」

「母さん、居るのですか?」

と聞くと「居るよ!」

と答えてくれたので

母さんにも会えるな!っと思ったのを憶えています。

施設に預けるとか聞いていたので、なんだ預けなかったのか?っと安心したのです。

その時、私の頭の中には、文夫さんと母さんがリビングで2人でテレビでを見ている姿が浮かんで来て、2人とも元気で居てくれてるんだぁ

久しぶりに会えるな、楽しみだなぁー

と私はそんな事を考えながら電話を切りました。

つづく 

 

那智の滝

母を連れて陸の孤島と言われる本州の最南端、和歌山県那智勝浦まで行ってきました。目的は熊野那智大社那智の滝にお参りする事です。

今年のおみくじで母も私も南の方位が良いと出ていたので、それならばと思いついたのがここでした。

観光バスをお願いしていましたが、乗り込むと他に誰もいなくて2人貸切状態、
運転手さんが何年か前の集中豪雨の話しをしてくれて今もその爪跡があちらこちらに残っていました。更地になっている場所は家が流されてそのままだとの事です。

最初に訪れたのは那智大社に続く熊野古道「大門坂」です。
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不思議と吸い込まれるような道でした。杉の大木を何故か触りたくなったので
湿った苔の生えた杉の皮に手を当てて心鎮めていました。
そちらには10分程いました。ここを登って行きたいと思いましたが、母には無理です。
すでに、この後に待っている
400段ある石段を登ると聞いただけで
「無理や〜」とブツブツ言いだし
母もだんだん体力の衰えも感じているため最初から諦めモード全開
なんのためにここまで来たのか?
気合いの入れなおしです。
「ここはほどほどにしときー」っと言ってバスに戻りました。

次に向かったのが、飛瀧神社の横にある那智の滝
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天国に行っても同じ瀧が流れているらしく、その音は心静まり、心穏やかになれるそんな神秘的な場所でした。
浄化する場所、心落ち着く、鎮める場所です。

最後に熊野那智大社に向かいました。
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石段をひとつひとつゆっくりと登りました。母も私も汗だくになりながらなんとか登り切りました。良かった、良かった。

周りは見渡す限り山、山それも滝を見下ろすぐらいの高さまで、登って来たようでした。ここに来るまで遠かったですが、
行ってみる価値はあります。


緊張と疲労で

蒸し暑かったり、涼しかったり体調管理気をつけてください。

今、首が回りにくくて(笑)
緊張と仕事の気づかれ、体力的な疲労かな
とうとう限界が来たので、ほぐしてもらいに行ってきました。
こり返しがくる人なんで、緩めにおねがいしたのですが
まだ、痛みは残ってるけど気だるさもともなっていて、ちょっと今体がだるいです。
スッキリしたぁーっという感じではないですね。
でもジワジワ効いてるのかもしれません。

人の体を触るわけやから、人間的に良い人にやってもらいたいと思うんです。
ハンドパワーを持っている人もいるやろうけど、心を込めて施術してもらったら良いものをもらうけど、
心がこもってなければ悪いものをもらうような気がして
お店もよく選ばないとあかんなぁっと思います。
今のところ、そんなお店には当たってませんが
今回行ったお店は、職場の人に紹介してもらいました。施術して下さった店長さんはとても手が温かい人でした。
すぐに身体が熱くなってきてカイロを当てているような感じがしました。

身体、無理してたなあーっと反省です。
ついつい我慢して頑張ってしまいますが
しっかりケアもしてあげないとこの年齢は後から大変なことになるなと思いました。
皆さん、少しの無理はしてもいいけどその後は身体休めましょう。